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4/7/2006 詩文 : 羅列ちからを抜いて
からを作らず
風かおる春のように
おだやかで
ことばの定義をわすれ
こころ覆う何かをとりはらい
目を向けるかなたには
日がのぼる
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
ゴアイサツとダソク:
ゴブサタしています。
Zaiです。
また言葉を綴りたい気分になり
記事を書かせてもらいました。
黙々と意味の無い言葉を並べてますが
文を組み立てるのが趣味のようです。
私事ですが、
口頭で“ 発したコトバ ”は完了形で、
音と供に流れていく出来事を表します。
(イメージとしては逆に、不確定、理想、疑問)
反対にこうして書き文字として“ 並べたコトバ ”は
何度も見て読める様に、
進行形、または覚書として再確認の為に表します。
(イメージとして、確定、目標、確信)
また、その時の気分の表れであることもしばしば。
自分の中の色んな要素が入り混じって組み上がるので
第三者には意味のわからない文が多くなるかと思いますが
読み物として楽しんでいただける方が少しでもいてくれたら嬉しく思います。
もちろん、批判なども喜んでお受けします。
今ここに言葉を並べることに答えはないけれど、
綴る事実と綴った事実が何かに続くような気がして。
嗚呼、独り言。
よしなに。
- Zai -
11/10/2005 ご無沙汰しております皆様お元気でしょうか?
長らくご無沙汰しております。
Zaiです。
自分の 「こころ」 の再形成のきっかけになれば
と思い始めたこのブログ。
いつしか
自分のつたない言葉に共感してくれる人たちの言葉を受けて
人の 「こころ」 にもよい影響が出せれば
と思い
少なからずその想いを込めて綴った事もありました。
しかしながら、
たとえ小さな 「ことば」 でもその影響は、大小様々
また戴くコメントに対しても少なからず揺れる、自身の心
むしろ、人様のスペースを拝見して
それぞれが色々なことを抱え、時に悩みながらも進んでいく姿
そんな姿を拝見していくうちに
まだ成らざる自分の 「こころ」 は
ふくらみ
少し、安定を欠きました。
収縮しすぎた 「こころ」 は
何かを吐き出すことで動き出し
転がり始めた。
そして、
無理に、縮むことも、伸びることも
そのどちらも止めた時
少しづつ
自然に緩み始めた。
久しぶりに皆さんのスペースを拝見して
相変わらないような
成長し続けているような
懐かしくも嬉しい気分です。
サーバーが不安定?
の様で拝見できないスペースもありましたが
何人かの方はスペースを閉鎖なさったようですね。
そうすることでまた違う何かも見えてくることでしょうね。
このスペースはこのままにしておきます。
なにか気が付いたときに
またこの編集スペースを開くかもしれませんし。
ここに綴った 「ことば」 は
一見、当たり前や、ただの奇麗事にもみえると思います。
ただ、
その 「ことば」 や 「きもち」 を
「持つ」 と 「持たない」 では
大きく違ってくるのではないかと思います。
今は唯、
自分や、読んでくれた皆さんの場所に
よい風と心地のよい日差しが届くようにと思います。
Zai
追記になりますが「ゆかこ」さんと「凛」さんのスペースが開けません。
また試して見ますがサーバーのせいでしょうか?
違う理由があってご存知の方がいましたらコメントを残して戴くと助かります。
リンクさせていただいている皆様。
このままここでの執筆は無期限で休止いたします。
こちらからのリンクはこのままにさせて戴けると幸いです。
そちら様からのリンクはご都合により編集・削除して戴ければと思います。
ここに綴った “ ことば ” 戴いた “ ことば ” 忘れません。
平成17年 11月 10日
Zai
6/27/2005 カ ラ ツ ユ
六月の 雨降る中
線路沿いの坂道で 僕達は別れた
今年は “カラツユ” だって言うのに。。
君は ずいぶんと坂を降ってから 振り向いて
持っている傘と一緒に 大きく手を振った。
何か 叫んでいるようだけれど
遠すぎて、 もう 聞こえない。
けれど、
僕には
「 “またね” 」
と 言っているように思えた。
今年は “ カラツユ ” だって言うのに。
アジサイも枯れた 六月の雨降る中
僕達は 線路沿いの坂道で別れた。
~ ~
見上げると
小降りになっていた雨は止みそうで
雲の切れ間から
やわらかくも 強い光が漏れていた。
----------
この物語はフィクションです。 少し趣向を変えたものを書いてみました。
話の詳細や前後は 皆様のご想像にお任せします☆ 日増し、暑くなりますが 夏バテなどしませんように よいひと季節(とき)をお過しください
- Zai -
6/10/2005 知ってる?
知ってる?
“ ことばの力 ”
ことばにある力、とかよく言うけれど
“ことば”
その物に力は無いんだよ
“ことば”
それはその形をした入れ物
そこには使った人の力
気持ちや想いが
知っても知らずとも込められる
その
“ことば”
文字や音声として
人や、返し自分に届いたとき
その力は発動する
みんな、知らないうちに
“ ことばの力 ”
使っているんだよ
その力
使えばもちろん消費する
だから、
時にその大事な想いは
“想い”
としておいた方がいいこともある
“ ことば ”
という形にしないその想いは
その力を込めたまま
君に力を備え続けてくれるだろう
4/30/2005 hana
つい、この間まで
側道いっぱいに咲いていた"つつじ”が
続く暑さか、季節の変わり目か
所々で萎れている
少し前のその姿を思うと
少し切ない
幸いにしてこの国は四季折々
春の花が枯れれば
夏の花が咲く
秋には秋の
冬には冬の
今宵、枯れ行く花あれば
明日咲く花もある
ほら、
次の芽が
次なる季節を待っている
4/23/2005 気の元
“元気”
って誰でも分けられるもんだなと。
“元気”
って誰からでも分けてもらえるもんだなと。
足りないときはどこからか分けてもらって、
あるときはどこかに分けて、
何気に循環してるよね?!
今もらった“元気”
いつか誰かに届く“元気”
あは、
そんなこと考えてたら
元気になってきた♪
4/1/2005 もう、オレアホだからそのまんま書いちゃう
変わってもいいじゃん
背伸びしてもいいじゃん
言い訳してもいいじゃん
会話が下手でもいいじゃん
感じるまま、思うままに
生きてもいいじゃん!!
あまり頑張るなよ
~・~・~・~・~
と言いつつタイトルに反して追記です。
自分、よく迷います。 いろんな意味で。
苦しいときは苦しんでください。
悲しいときは悲しんでください。
そのぶん
楽しいときには めちゃくちゃ楽しんでください
嬉しいときには めちゃくちゃ喜んでください
迷っても なんか見つかるもんです たぶん
失礼しました。
- 迷い人 Zai -
で、さらに追記ですいません。
極端な言い方なので 語弊がある方もおられるかもしれませんが
上に書いたことは 自分も不安に思ったことがある。
でも、自分のキーワードは
『 自分に負けない 』
今日は綺麗に書き締めくくりたくないのです。
蛇足でもいいんです。
これもオレ
です。
”感じ方”は人それぞれ けれど 自分も誰かも何かを”感じてる” それは一緒では?!
そう思います。
最後まで読んで頂いてありがとうございます。
タイ カモシカ カモノハシ
”タスケタイ” ハ ボクカモシレナイ
”タスケラレル” ハ キミカモシレナイ
”チカラニナリタイ” ハ ボクカモシレナイ
”チカラニナレル” ハ キミカモシレナイ
”ワラワセタイ” ハ ボクカモシレナイ
”ワラエル” ハ キミジシン
3/24/2005 mi e tu
ワタシはアナタがゼッタイに持ち得ないチカラを持っています
アナタはワタシがゼッタイに持ち得ないチカラを持っています
~・~・~・~・~
物事に”ゼッタイ”はないと思います
けど 極論 これはゼッタイ
- Zai - 3/22/2005 花はそう
話そう
話したい
話したくない?!
話すだけではわかりあえない事もきっとある
けれど 硬く口を閉ざしているよりも
君のこと 自分のこと
もうすこしわかるはず
だから はなそう
コトバを交わそう
今をシバル何かをテバナソウ
3/21/2005 決めること / 新しい道
ここ数日
新しいお客様からのコメントをいただいています
初めて間もなくからお世話になっている
「ブログのトビラ」の方々
いろんな意味で目を覚ましてくれました。
光栄にもここ数日でコメントとリンクをしていただいた
「ブログのマド」の方々
次なる光を差し込んでくれます。
"何かを決めること”
自ずと新しい道が生まれる
長い間 足踏みをしていた足元はずいぶんへこんでる
ずいぶん迷った道
これからまた 迷うこともあるでしょう
けれどその中で
新しい方向感覚
見たことのない野原
見たことのない山
見たことのない海
見たことのない空
感じたことのない感動
それらを感じられることがとても幸せです
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